日本人なら知っておきたい、年末年始の風習の由来と意味

Edv Magazine 編集部

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日本人なら知っておきたい、年末年始の風習の由来と意味

あなたにとって今年はどんな年でしたか?新しい年を迎える時期には、日本古来の伝統行事が数多くあります。由来や意味を知らずになんとなく習慣で行っているものも多いのではないでしょうか。実はお正月を含め日本伝統の年中行事には、一つ一つ意味があります。自宅で過ごすことの多い今年の年末年始は、古くから伝わる風習について学んでみませんか?

お正月はなぜおめでたいの?

年が明けて初めて会う相手には「あけましておめでとうございます」と挨拶します。ここには「去年1年を無事に過ごして、新しい年を平穏に迎えられた」ことを祝う意味もありますが、「年神様がやってきて1年の福をもたらしてくれた」ことへの感謝やお祝いの気持ちも込められています

年神様とは、豊作をもたらす五穀豊穣の神様であり、私たちのご先祖様であるとも言われています。人々の健康や幸福をつかさどり、命をつないでくれる神様です。年神様は元日にやってくると言われているので、年末年始の風習には「年神様をお迎えする」という考え方に基づいたものが多くあります。

年末年始の風習の由来と意味

それでは、年神様をお迎えするための年末年始の風習について、由来と意味を見ていきましょう。

大掃除

大掃除の由来は、神棚や仏壇の煤(すす)を落として年神様やご先祖様をお迎えする準備を整える「煤払い」だと言われています。たくさんの福を授かりますようにという願いを込めて、1年の汚れを払い清めました。現代でも社寺では「煤払い行事」が残っています。

年神様をお迎えする正月は、一年で最も大切な節目。「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」という概念で言えば「ハレ」の代表格です。大切な日は家の隅々まできれいに掃除をし、心身共に清らかな状態で迎えたいという気持ちの現れでもあります。

私たちにとっては、不要な荷物を処分したり、窓掃除やコンロなど普段やらない部分を掃除する年末の恒例行事になっています。何かと忙しい年末年始、隅々まで徹底的に掃除することは難しくても、神棚やリビング、トイレなど家の中で大切な場所だけでもきれいにすると気持ちが違います。いずれにしても、すっきりとした気分で新しい年を迎えたいものですね。

年越しそば

毎年大晦日には年越しそばを食べるという人も多いことでしょう。そばを食べるという風習には、「細く長生きできますように」という長寿の願いが込められています

そばは比較的雨風に強く、日光を浴びることで再び伸びあがるという性質があることからも、健康長寿の縁起物として扱われていました。また、麺が切れやすいことから「厄が切れる」「借金が切れる」というようなゲン担ぎの意味もあったようです。

さらに、昔の金銀細工師が、作業中に散らかった金銀の粉を集めるためにそば粉を使っていたことから「金運が上がる」という言い伝えにあやかってそばを食べる風習が根付いたとも言われています。

麺の上に乗せる海老の天ぷらは長寿のシンボル、油揚げはお稲荷様の好物というところから商売繁盛のシンボルとされ、いずれも縁起物です。

除夜の鐘

「除夜」とは大晦日のこと。寺院で行われる除夜の鐘は、「人間には108の煩悩がある」という仏教の思想に基づいています。怒りや嫉妬、虚栄心といった煩悩を108回の鐘の音とともに絶ち、清廉な気持ちで新年を迎えようとするものです

一般的には年が明ける前に107回を打ち、最後の1回は日付が変わってから打ちます。108という数字の由来は諸説ありますが、「四苦八苦」から転じて「4×9=36」と「8×9=72」を足して108という説や、1年の中の節目となる十二ヶ月、二十四節気、七十二候を合わせた数という説があります。

門松

門松は、年神様が迷わず来られるようにと目印として立てるもの。天に向かってまっすぐに伸びる「竹」、一年を通して青い葉を茂らせる「松」、そして新春に香り高い花を咲かせる「梅」が使われます。現代ではマンションの玄関扉にリース型の正月飾りを飾るという家庭が増えていますが、意味は同じ。大切なのは飾る期間です。

12月31日に飾るのは「一夜飾り」、12月29日に飾るのは「苦立て」と言われて忌避されます。早すぎず遅すぎず、最も良いとされるのは12月28日頃です

また、年が明けてからいつまでも飾っておくのも良くありません。門松を飾っておく期間は年神様がいる期間であり、一般的には1月7日までとされています。これを「松の内」と呼び、年始の挨拶や年賀状のやりとりもこの期間中に済ませることとなっています。

しめ縄

しめ縄は、年神様をお迎えする神聖な場所を示す飾りです。玄関や神棚、床の間などに飾ります。

縄で結界を作る風習は、日本神話に出てくる天照大神の岩屋戸伝説に由来すると言われています。世界を照らす天照大神が二度と岩屋戸に隠れないように縄を張ったというものです。出雲大社の拝殿の巨大なしめ縄は有名ですね。

家庭の玄関に飾るしめ縄・しめ飾りには、清廉潔白・長寿を表すウラジロ(シダ植物の一種)、子孫繁栄の象徴であるユズリハ(ユズリハ科の常緑高木)、家運隆盛を示すダイダイ(ミカンの一種)など、さまざまな縁起物があしらわれています。門松と同様、年末から松の内までの期間に飾ります。

鏡餅

門松やしめ縄に導かれて各家庭に訪れた年神様は神棚に置かれた鏡餅に宿る、と言われています。つまり、鏡餅は年神様の依り代であり、居場所ということです。

多くの場合、三方と呼ばれるお供え用の器に丸い形をした餅を二段重ね、上にダイダイの実を乗せます。紅白の和紙で作られた紙垂(しで)やユズリハ、海老や昆布などの縁起物で飾り付けることもあります。

鏡餅は床の間や神棚に飾りますが、ふさわしい場所がない場合はリビングなどの家族が集まる場所の一角、清潔にした場所にお供えします。人が見下ろす高さではなく、できるだけ明るく高い場所に飾りましょう。小さいものをいくつか飾っても構いません。

お年玉

年神様の魂が宿った鏡餅には一年の福が移ります。このお餅を食べることで、「御魂(みたま)」=「年神様の授けてくれた福」をいただけると考えられていました。

そこで、年が明けた後に鏡餅を割り、割ったお餅を家長から家族に分け与えたのが「お年玉」のルーツです。御魂が宿ったお餅を分け与える行事は「御魂分け」といい、分けられたお餅はお雑煮やお汁粉にして家族がいただくものでした。

ご存知のように現代では、両親や親戚から現金をいただく風習となっています。芸能の世界では師匠から弟子へ贈られることもあります。このようにお年玉は目上の人から目下の相手に贈られるものであり、目下から目上に人に贈る場合は「お年賀」や「お年始」とするのが慣例です。

おせち

おせちは漢字では「お節」と書き、もともとは季節の節目にいただく節供の料理を指しました。やがて一年で最も大きな節目である正月に、神様にお供えする縁起物の料理として定着しました。おせち料理に含まれる料理にはそれぞれ五穀豊穣や家内安全、健康長寿などの願いが込められています。

  • 数の子:たくさんの卵が集まっていることから「子孫繁栄」
  • 黒豆:まめに働き、まめに暮らせるように
  • かまぼこ:日の出を表す半月型とおめでたい紅白の色
  • 昆布巻き:喜ぶの「こぶ」にかけた縁起担ぎ
  • れんこん:たくさんの穴から将来を見通せるように
  • 海老:腰が曲がるまで長生きできるように

こうした縁起のよい食べものを、重箱に詰めて家族でつつきます。重箱にも「福が重なる」という意味があります。また、大晦日に作っておけば数日間日持ちすることから、正月の数日間はかまどの神様を休ませ、主に料理を担った女性たちも体を休ませられるようにという配慮もありました

お屠蘇

おせち料理と一緒にいただくのがお屠蘇(とそ)です。現代では主に日本酒を飲みますが、本来は不老長寿を願って漢方薬を浸した薬酒を飲む風習でした。

大晦日に井戸の中に漢方薬を吊るしておき、年が明けてから酒に浸して飲むというのが本来のお屠蘇です。「邪気を屠(ほふ)り魂を蘇らせる」という意味からこの名がついています。

家族でお屠蘇を飲む場合は、若年者から年長者へと順番に盃を回す習わしがあります。これには若い生気を年長者に分け与えるという意味と、年長者を守るための毒見の意味がありました。例外として、厄年の人は厄年ではない人から運気を分け与えてもらい厄を払うため、最後に口をつけることになっています

もちろん、未成年の飲酒は禁じられていますので、20歳未満の人は代わりにお茶を飲むんか、盃に口をつける真似事で構いません。

初詣

かつて時計がなかった時代は、日が暮れるまでが一日の終わりであり、夕方日が暮れた後は次の日とされていました。つまり大晦日の日は夕方から新年が始まることになっていたのです。

年をまたいで一家の安全や健康を祈願するため、一家の家長は大晦日から元日の朝にかけて氏子神社に泊まり込みました。これを「年籠り(としごもり)」といい、初詣の由来になったと言われています。

のちに、大晦日の夜に参詣する「除夜詣で」や元日の朝に参詣する「元日詣で」という形に変化し、現代に至ります。しかし実際は必ず大晦日や元日に参拝しなければならないというものではなく、松の内である1月7日や1月中、2月4日の立春までにお参りすればよいという形に変わっています。

初夢

初夢は1月1日の夜、または2日の夜に見る夢です。もともとは大晦日の夜から元日にかけて見る夢をいいましたが、大晦日に眠らずに除夜詣でに行く風習ができてからは元日に見る夢、さらに元日はすべての仕事を休んで2日から物事を始めるという考え方が定着すると、2日の夜に見る夢というように解釈が広がっていきました。

「一富士、二鷹、三茄子」という言葉は、初夢に見ると縁起が良いとされているものです。富士山のように高い目標を叶え、鷹のように強く自由に大空を羽ばたき、大きなことを「成す(=なす)」という願いからこのように言われるようになりました。

七福神の夢も非常に縁起が良いとされています。このような吉夢をみるために、江戸時代には宝船と七福神を描いた絵を枕の下に敷いて眠ることが流行しました。

年賀状

年始には、お世話になっている相手に出向いて年頭の挨拶を交わすのが習わしでした。遠方や体調などにより直接挨拶に行けない場合は手紙を送って挨拶の代わりとしていたのが、現在の年賀状の始まりです。

現代ではメールで済ませる人も多いですが、手書きのメッセージを受け取ると嬉しいもの。出す相手との関係によって使い分け、今年もよろしくお願いしますという気持ちを伝えましょう。

最近は無料で年賀状デザインをダウンロードできるサイトも多いので、使ってみてはいかがでしょうか。

七草がゆ

古代中国では、元日を鶏、2日を犬、3日を猪、4日を羊、5日を牛、6日を馬、7日を人の日としてそれぞれの占いを立てており、1月7日は「人日(じんじつ)の節句」と呼んでいました。人日の日には7種類の若菜を入れた汁物を食べ、無病息災を祈る風習がありました

奈良時代にこの風習が日本に伝わり、春に芽吹く7種類の若菜を使った粥を食べるようになりました。

春の七草とは

  • せり
  • なずな
  • ごぎょう
  • はこべら
  • ほとけのざ
  • すずな
  • すずしろ

の7種です。

これらでなくても、ネギやホウレン草など7種類の野菜を使った汁物を食べることで、自然から生命力をいただくという古代の風習には沿っています。

どんど焼き

新しい年が始まって少し落ち着く1月15日を「小正月(こしょうがつ)」といい、一連の正月行事に区切りをつけます。

年末から年始にかけて飾ったしめ縄や書き初めを焼き上げる「どんど焼き」もその一つです。燃やした煙に乗って年神様が天上にお帰りになり、人々の日常が始まるのです

どんど焼きは「左義長(さぎちょう)」とも呼ばれます。三毬杖(さぎちょう)という青竹を組んだ櫓(やぐら)で正月飾りを焼いたことに由来しており、その火で焼いたお餅などを食べるとその年を健康に過ごせるとされてきました。

まとめ

年末年始の行事には古くから伝わる信仰に基づいたものが数多くあります。現代では大きく形を変えているものもありますが、いずれも「健康で長生きできますように」「家族が平和に暮らせますように」といった願いが込められています。2020年は多くの人にとって困難が多い年となりました。だからこそしっかりと準備を整え、心安らかに新年を迎えたいものですね。

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